あのころ ~光る球~

寿司屋だった。

小学生まで、寿司屋の奥の座敷で暮らしていた。

母は店の給仕を手伝っていたから、毎日僕らは、閉店間際まで、店の奥の座敷で過ごしていた。

店が終わるころに晩御飯をいただき、母に連れられ、店から徒歩20分程の自宅に帰って眠るのである。

自宅へ帰る道は暗く、怖かった。

当時はまだ畑や林のような場所がそこらに残されていて、そんな間の暗い細道を母と徒歩で自宅へ向かったのである。


「母ちゃん、あれなんだ?」


帰る道すがら、暗がりの道の向こうに小さな林があった。
林といっても人家の庭の一部だったのだが、その入口あたりの木々の間に、不気味に点滅する謎の球体が見えたのである。

それは直径2メートル程度の巨大な球体で、様々な色に点滅していた。
例えば赤と言っても、どちらかといえば赤というだけで、実際は、黄とか青とかその他にも様々な色が混ざった不思議な色をしていた。

ついては消え、またついては消える。

暗闇の中に、不気味に点滅するそれは、なにか巨大なモンスターの卵が脈動しているようにも見えた。

当時、毎晩必ずその道を通っていたが、その現象を目撃したのは、1度か2度ほどあったかどうかだ。それでも今なお、あの球のことを鮮明に覚えているのである。

最近、改めて母にあの球のことを聞いてみたら、実はあの林の家には芸術家が住んでいて、あの球に限らず様々なオブジェといった作品を発表していたようである。

今の自分を眺めてみると、遠かれ近かれ同じようなことをやっている。

あのときの不思議な光る球のことを思い出すたびに、これから続く人たちの記憶に、鮮明に焼き付くような作品を残したいと、考えたりもするのである。□