職人

 

万年筆を愛用している。

 

だけど、今改めて考えても、これほど不便な筆記具はないとも思う。
世の中どんどん便利になって、筆記具だって、もっと気軽に使えて、使いやすいものがたくさんあるはずだ。
対し、万年筆はとにかく、不便な筆記具である。
ペン軸は乾きやすく、しっかり蓋をしないとすぐに蒸発してしまうし、
インクが切れたらタンクにインクを補充しなくてはいけないが、手を汚さずに入れられたためしはほとんどない。
さらに、インクは超が付くほどの水性で、少しでも水に濡れたら書いたものすべてがぐちゃぐちゃになってしまう。
だけど、そういった不便なことですら、不便益であり、それらすべてを含めて万年筆が好きなのである。

ただ、最近万年筆を使って作品を作ることがあって、いろいろな色にインクを変えたいことがあるのだが、こればかりは本当に益はなく、「ただ不便」なのである。
インクタンクを丁寧に水洗いしてから新しい色を入れないと混ざってしまう。
ちょっと色を変えて、また元の色に戻したいと思ったら、その都度タンクを洗ってインクを変えていかなくてはならない。万年筆はインクを小回り良く変えていくのにはとても向かない。

 

そんなこともあり、最近試しに安めの入門に適しているとされる、ガラスペンを1本手に入れた。
ガラスペンは、インクにペンをつけて書く画材だ。
色を変えたいとき、都度さらっとペン先を水洗いをするだけで別の色に変えるられる。

ワクワクして使い始めたのだが、ペン先の線の太さが、書く角度によってまちまちのような感じがする。
ある角度から書くと細字、また別の角度から書くと太字。

 

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そんな感じで、ちょっと使いづらいと感じたので、ガラスペン作家にメールをしてみたら、すぐに返事が来た。

「太さは常に一定になるように作っている。
 でも、線の太さが一定ではないとは聞き捨てならないので送ってくれ」

で、直ぐにガラスペン作家に送ってみたのである。
2~3週ほどしてガラスペンが届いた。中に入っていた手紙には下記のようにあった。

 

「試したが線がまちまちなんて現象は一切ない。

 間違いなく私のガラスペンである。修正不要なのでそのまま送り返す。」

 

 

 

職人だな。

 

 

 

そう思った。

....お客様満足以上に、職人=アーチストなんだな。と思った。

ものづくりにおいては、アートと商業性の間、どこまで商業性を捨てて自分の拘りを押すか、どこまで商業に寄りこだわりを捨てるか、という境界に悩むことが多い。

アーチスト寄りのものづくりは、作り手こそが正義であり、消費者は作り手がもつ拘りにお付き合いする必要がある。
気の短いお客さんなら、じゃあいらない。別を探す。と怒り出すことになるが、アーチストの仕事が先鋭化されると、それでも売って下さい、と立場が逆転する。

 

例えば、蕎麦屋にいくと、注文して1時間も蕎麦が出てこないような店がある。
蕎麦粉から蕎麦を作っているような時間だ。
それはきっと、さぞかしうまい蕎麦なのだろうが、お客としては悲鳴を上げる。
そこまで拘ってもらっても、待っていることができない。
しかもそれでは商売として店の方も続けてはいけないだろう。

芸術か、商業か、はいつも戦いなのである。

 

この度の件、ほとんどクレームなど出すことはなかった自分が、今回だけは、書きづらいと感じてお願いした次第だったのだが。

まんまとゲージツカにひっかかってしまったようである。

裏返せば、自分の絵もそんなものなのかもなと思いながら、これもひとつの勉強なのだと受け入れるしかなかったのである。□