海外ミステリーと国内ミステリー

 

アンソニーホロヴィッツが面白かった。

 

もともと海外の小説にはあまり手をださない。

翻訳者の手腕によるところもあるのだろうが、海外作品は、独特で理解しにくい表現が多かったり、独自の文化や考え方が入っていて、都度理解するのに体力を使うようなイメージがあり、手に取る前に気が重くなってしまうのである。

だけど、ホロヴィッツは面白かった。上記のようなイメージは全くなかったし、登場人物が生きていた。

 

ホロヴィッツを貸してくれたアトリエの研究生に、本をお返しするとき、ミステリーについての話が少々盛り上がったのだが、その方の考え方は僕とは真逆であった。

 

「私は国内の作品は読みません。海外のみです。」

 

国内作品は、日常の延長線上にあり、現実から離れられない。

その点、海外作品は、行ったこともない国に旅ができるし、その国独自のイデオロギーや、考え方、文化に触れられるから。

というのである。

確かに、映画を観るときも、映画そのものの娯楽性に加え、現実から少しの間離れて、その国で暮らしてみる、その国での事件を体験してみる、という目的を持っているような気がする。書籍についてもその考え方を持ってきたら、海外作品を毛嫌いする理由はないのである。

偏見を少し改めて、海外の作品も少しずつ読んでいこうかなと思い始めている。

まずは、ヒデミスからか。□