ドロドロ。

 

ハウスオブグッチを観た。

 

マウリツィオ・グッチとその妻パトリツィアが、小さな商品づくりを始めてそれが世界的なブランドである今のグッチを作り上げた........というような、サクセスストーリーかと思っていたのだけど、全然違かった。

グッチ家は初めから名門の家系で、父や叔父、ご先祖が偉大な事業を作り上げていたのだけど、それを続く息子たちやその妻ら一族同士がいがみ合い、権利を奪い合うなど、取り返しのつかないところまでねじれて行ってしまうというドラマであった。

グッチの商品を手にしているお客さんからみたら、本当に見たくもないような醜い争いが続き、挙げ句の果てには、怨恨からの殺人まで発展してしまうというなんとも、ドロドロな物語なのだが。

 

「鎌倉殿の十三人の方がよほど、ドロドロだ」

 

と思い至ってしまう。

信頼を置いていたとした人間ですら、次々と死んでいくのだ。
それも、戦に敗れて死ぬというのではなく、暗殺されて、だ。
つい先週までは人柄もよく、有能だった、仲間にも愛されていたというような存在が、無惨な陰謀や策略で非情に消されていくのである。

ここ最近は、毎週一人は死人がでるという展開で、タイトルにある「十三人」もたった1回で崩れて、現時点で九人しかいない。

 

三谷幸喜氏の脚本の魅力のひとつは、ホームコメディであって、死人はあまりでない。

俳優への脚本のあてがきというスタイルも特徴の一つで、史実の間を描く物語には、北条一族とかの家族同士の、誤解や先走りで、どたばたするようなホームコメディのような展開があるのだけど、そこに史実が割り込んで、非情な暗殺が差し込まれたりする。

そのギャップが強烈で、目が離せなくなるのだ。

 

確かに、物語の刺激の強さと言う点では、上とか下とかあるかもしれない。

が、本当は天下泰平をみなが望んでいるのに、どこかでボタンのつけ間違いがおこって、それが取り返しのつかないねじれになって、悲劇につながっていくという点はどちらの作品にも一緒で、「人間って、醜いな」と思ってしまう。そして自分もその人間の一人であって、いかんともしがたい気持ちになるのである。

ハウスオブグッチの御家騒動を、鎌倉殿と比べて、なまぬるい。と評する自分も、ちょっとおかしくなっているのかもしれない。□