制作日記 〜F130号に対峙〜

 

画材屋の通販でF130号の張りキャンバス2枚を発注した。

 

この秋に二紀会の準会員に推挙され、来年からF130号の作品を制作していくことになる。

 

「F100号より30cm縦幅が長くなっただけだ」

 

アトリエの先生のことばを聞いて、あ、その程度なら。と軽く考えていたのだが、それが自宅に届いたとき、ひっくり返った。

 

「無理かもしれん.........。。」

 

それが最初の感想だ。

自宅で個人が描く絵画サイズの常識を超えている。

狂っている。

 

宅配業者が運んでいたF130号のカンバス2枚は、馬鹿丁寧に箱に梱包されていた。

文字通り馬鹿である。

小さいものから大きいものまで見渡しても、これまで箱に入ったカンバスなど見たことがない。

カンバスなんて、木枠を後ろから掴んで運ぶのが最も利便性が高いのだ。わざわざ梱包などしたら、しかもF130もの巨大なキャンバスを、梱包する人間も、それを運ぶ人間も、受け取る人間も不幸になるだけだ。

運送業者のお兄さんは、その日、一人でトラックを運転してきた。

たぶん、このカンバス以外は、一人でも十分持ち運びできる荷物だけだったのだろう。

だが、この「箱に入ったF130号2枚」は、とても一人の人間が運べる大きさ、重さではなかった。箱は当然大きいというのに、掴むところがない。ただでさえ重いカンバスに、それを覆う箱なんてつけてるから一層重い。

「手伝いますよ」と、思わず自分も手を貸して、なんとか自宅の玄関まで運び入れると、安堵した運送業者のお兄さんは、清々しい顔で去っていった。

だが、残された自分は、一人でこの箱を開けなくてはならない。

箱は玄関を覆い尽くしていた。

幅も高さもあり、右にも左にも身動きが取れない状態で、もがきながら箱を開ける。開けた箱は即時、ごみとなるが、置く場所などない。

仕方なく外の目立たない位置に立てかけるしかなかった。

 

そして玄関で裸になったF130号2枚を、アトリエに運ぶ。

邪魔な箱がなくなって、あとは運ぶだけ。となったカンバスでも、でかいし重い。悲鳴を押し殺しながらアトリエに押し込んだ。

 

あらためて、「無理かもしれない。」

そう思った。

同時に、ついに自分の狂気も個々まで来てしまった。ということを再認識した。

準会員になるということは、一般=「いつでも去れる外の人」ではなく、「いつも描き続ける会の中の人」になったということなのである。

 

描きたいものは、頭の中にずっとある。それは問題がない。

問題は、それを取り巻く環境だろう。描く時間、場所、知人友人家族、組織との関係。

 

2023年は本当に大きな変化が次々とやってくる。

もう本当にメッチャクチャだが、それらの波を乗り越えて、いつか「成長」とかいうかっこいい言葉で過去を形容できるだろうか。□