床屋での時間は最高の憩いであるが、
対して歯医者はいわば戦争である。
「はいもっと口開けてっ!」
「もっと右下向いてっ!」
「唾液出さないでっ!
菌が入ったら神経ぬくことになるよっ!」
まるで空から爆弾が降ってくる中を、ジグザグと直撃をまぬかれるべく逃げ惑っているような時間である。
一瞬たりとも気が抜けない。
「はいうがいして!」というほんの一瞬だけが、まるで閉じ込められた独房の小さな窓から外の世界をのぞくような羨望の気持ちになる。
まあ、治療ですからね。ミスがあれば極端な話では後遺症が残ったり、へたしたら死んだりもするかもしれないわけですから。
先生も慎重、真剣にならざるを得ないし、そうでなくては、安心してまかせておけないということだとも思うのです。
それでも、ぱかっと無防備に口を開けて、先生から次々と浴びせられる命令や要求に、目を泳がせている自分を、客観的に俯瞰すると、もうおかしくておかしくて、笑いをこらえることもまた地獄なのです。
いやはや歯医者は大変だ。早く治療が終わってほしい。□