笑っちゃいけない

笑っちゃいけないシーンがある。

大きなものでは葬式だったりする。

小さなものであれば床屋で剃刀を当てているときなんてのもある。

そういう「笑っちゃいけないシーン」が僕は全般的に大の苦手である。

つまり、どうしても笑ってしまうのである。

笑ってはいけない。というふうに押さえつけようとするほどに、その反動からか、過去のどうでもいいことが次々と脳裏に浮かび、意味も無く失笑しそうになる。そのたびに、手の甲を激しくつねったり、爪を立てたりしてこらえるのである。

先日ピノを食べていたらかつてないほど、右下奥歯がしみた。

これはただごとではないと歯医者に行ったら奥歯のかぶせものが知らない間に取れていたことがわかり、急きょ治療ということになった。

さいわいにして虫歯ではなかったが、ぽっかりと空いた奥歯の穴に詰めものを流し込んでもらう必要があった。
歯医者には4か月程度に一回検査に通っているがここのところずっと虫歯はなく、この歯医者で治療をしてもらうのは初めてであった。

先生はおだやかなようでいて、かなり熱いやつだった。

「はい、もっと口あけてっ!」

「唾液がながれこむと全部やり直しだよっ!こらえてっ!!」

まさかこんなやつだったとは。と半ば怯えながら治療をしてもらっていたのだが、ここにきてまた出てしまった。
目を白黒させて怯えている自分を、天井あたりから眺めるもう一人の自分がいて、その間抜けさに吹きだしそうになっている。

笑ってはいけない!

そう思うや否やなぜかダウンタウンのまっちゃんの顔が思い出されて、吹きだしそうになり、口がゆがんだ。

「もっと口開けてっ!手元が狂うから鼻で息してっ!!」

刹那、先生の熱いツッコミ。それを受けるたびに自分のかっこ悪さが比例してさらに笑いをこらえられなくなる。

地獄である。

一般的な歯医者のイメージといえば、痛いとか怖いということなのだろうが、僕にとっては笑いをこらえることが地獄なのだった。

深刻であるほどに笑ってしまう。どうか僕が深刻なシーンで顔をゆがませていた時に出くわしたときは、許してほしい。悪気はないのである。□