視力が落ちていた。
昨年は1.5あった左目の視力が、0.7にまで落ちていた。
自宅でずっとPCと向かい合うくらしを続けたせいだろうか。
外に出て遠くを見るということを怠ったことのしわ寄せが来たのかと思っている。
「これはどうですか」
「左です」
「違います」
「ではこれは」
「上です」
「違います」
....どんどん検査対象を大きいものに指していくことに少しずつ怯え始める。
昨年1.5だったということもあってか、検査士の方は、0.7と決める前に、
「先ほど間違えたものの中で、改めて見えるものはありますか」
とヨイショを入れてくれたが、やっぱり正解できず、0.7に落ち付いた。
ふと、こんな自分の姿を見て、
以前、免許の住所変更かで警察署を訪れたときのことを思い出した。
警察署を訪れることなんてほとんどはじめてである。
まさに、昭和のテレビドラマに出るような壁にしみ込んだ汚れや、長い間使われたボロボロのソファのあるような、オフィスである。
そんなソファに座って、自分が呼ばれる番を待っていたときのことだ。
窓口の方で、かなりの年配の男性の老人の大声が聞こえてきていた。
どうやら視力検査をしているようだ。なんとなく聞いていたが。
「これはどうですか」
「上っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「右っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「下っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「 下っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「左っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「右っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「上っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
「左っ!」
「ちがいます」
「これはどうですか」
もはや視力0.0000001くらいではないかと思うほど、すべてを間違えている。
思わず、そちらに目を向けてつぶやいてしまった。
「.........全滅じゃねえか」
かなり古い形の視力検査機のようで、まるでガトリングガンを構えるかのように両手で機械をおさえ、顔を押し付けて中をのぞき込んでいる、背中の曲がった80代くらいの老人の姿。
今なお、間違い続けている。その姿を見て、はげしい失笑が起こるのをこらえなくてはならない始末であった。
おそらく、自動車事故でも起こしたのではないか。
免許失効となるか、最後の瀬戸際の視力検査とかだったのではないかと思うのである。
次々と間違いながらも、なんとか免許をくれ。という老人の悲痛な叫びのように聞こえてくるのだが、その見事な全滅っぷりが、もう笑いをこらえるのが必死なくらいに、ツボに入ってしまったのであった。
今視力を0.7まで落とした自分が、あの老人と重なってしまい、また自分を見ているもうひとりの自分が爆笑をしていたのである。□
追伸。遠くをみないとね。視力、戻していきますよ。