衣鳩先生。

 

中学時代に「数学係」というのをやっていた。

 

大した仕事ではない。

数学の授業の前に、職員室に行って、数学の衣鳩先生から次の授業で使う道具を受け取って、教室に運ぶというだけの仕事だった。

先生ともほとんど会話もなく、毎回、毎回、黒板に使う大きめのコンパスやら定規やら、チョークの箱やらを受け取り、運んだ。

 

ある日、珍しく衣鳩先生が囁いた。

 

「今度数学の授業参観があるだろう。

 僕は「コンパスで正五角形を描け」という問題を出す。

 そこで君を指名するから、さらっと描いて、

 授業参観に来ている親の前でかっこいいとこを見せたれ」

 

いわゆる「やらせ」である。(※時効なので許せ笑)

 

それから家に帰って、正五角形を描くための予習をしっかりして当日に臨んだ。

予定通り先生が正五角形を描く問題を出したところで、僕は手を挙げて名乗り出た。

が、何十人も来ている親たちの前に出たとき、さぁっと頭の中が真っ白になって、予習したことを全て忘れてしまったのである。

 

真っ白になって、なんとか記憶をたどりながら途中まで進めたのだが、もうそれ以上どうしても思い出せず、ギブアップをしたのだった。

「よく、そこまでできたな」

衣鳩先生は優しくねぎらってくれたけど、折角出してくれたキラーパスでゴールを決められなかった恥ずかしさとか申し訳なさっていうのが、あれから30年以上たった今でも脳にこびりついて消えないでいる。

 

・・・・とまあ、そんな話を、このたびの9月に開催された同窓会で、衣鳩先生にお伝えして、お詫びをしようと思っていたのだけど、会場に先生は見えられなかった。

 

忙しかったのかもしれないし、それ以上にご高齢で会場に来られなかったのかもしれない。

次回の同窓会があるのかどうかもわからないし、さらに年月が経てば、ますます会うのは難しくなっていくだろう。

 

会えるうちにあって、お話をしておく。

 

よく聞く話だけど、今この歳になって、そういうことがすごく体にヒリヒリと沁みたのです。

会えるうちに会いたい人にはあっておきたいものです。□

 

追伸:ちなみに正五角形の描き方はこちら。難しい。これは本当に中学生の問題か。