おせち料理というものを買ったことがなかった。
おせち料理が、今のような年末のビジネスになったのはいつごろからだったろうか。
ここ数年のことだったような気がする。
その前には恵方巻のビジネス化があった。
西日本では、2/3の節分に恵方巻を食べるというのは常識だったが、それが次のビジネスのチャンスだと看破されるや否や、デパートやコンビニエンスストアを介してあっという間に全国に流通してしまった。
さらには販売ノルマのようなものまで出てきて、どこにも恵方巻が溢れ、コンプライアンス違反のような売り方が社会的な問題になったりもした。
恵方巻にせよ、おせち料理にせよ、なにもかもを金儲けに代えていく昨今の日本人のがめつさのようなものを、ぼくはあまり美しいものだとは思っていない。
関西で仕事を始めたころ、帰省時に京都駅で生八ッ橋を買って帰ったら、母が大喜びしてくれた。
喜んでくれるのが嬉しくて、次回も、そのまた次回も八つ橋を買って帰っていたのだが、あるときを境に、それほど喜んでくれなくなったのである。
戸棚を開くと、生八ッ橋が山のように積んであった。
百貨店でも生八ッ橋が売られるようになり、僕の土産を待たずに母が買いだめをしてしまったのである。
地方には、地方の特産があり、それは地方でしか手に入らないものであるべきだと思う。
それが旅をする楽しみにもなるし、行けなかった人への旅のおすそわけにもなる。
旅をした人も、それをまた味わうために、もう一度そこを訪れたいという次の意欲にもなる。
昨今の地方の特産のコモディティ化は、そういった日本人ならではの旅情の楽しみや嬉しさをすっかり奪い取ってしまった。
少し前のブログで書いた、奈良の飛鳥を訪れたときに手に入れた「飛鳥古代米」だが、これは久しぶりに見た「地方の特産」だった。まさにこれこそが「飛鳥のお土産」だと思った。同様に「飛鳥の蘇」についてもそれが言える。
便利、便利もいいけれど。それによって失われていくものがある。
便利以上に失われていくものへの切なさや悲しさを噛みしめることの方が、多い。
むしろ不便だった方がしあわせだったものが、確実にある。
そんなことは、昭和の人間にしかわからないのかもしれない。
これもまた、さみしいのである。(つづく)□