「悪魔のいけにえ」は学生時代に観た記憶があった。
だけど、どんな映画だったかほとんど記憶に残っていない。
レザーフェイスという化け物がチェーンソーを振り回しながら追いかけてくる。というシーンはなんとなく覚えているが、映画を観たことからの記憶と言うよりも、誰かから聞いた記憶のような感じで、もはや観ていないといった方がいいくらいであった。
ホラー映画史上に残る名作ということは聞いていたから、絶対になんらかの形で自分の記憶には残っているはずなのに、残っていないのは、きっと自分にとっては大したことがなかったのだろう、という結論を持っていた。
先日「死霊の盆踊り」を観るにあたり、このサイテー映画の決定版を観た後の保険として、今改めて「悪魔のいけにえ」を観ようと準備していた。
すごかった。
この作品についての記憶を持てていなかったことは、ホラー映画ファンとしての人生の中でも、大きな損失だったと言わざるを得ない。
なぜこの歴史的大傑作を見過ごしてきてしまったのだろうか。
悔いるばかりである。
なんていうのか。
疾走感がすげえ。
映像に圧倒的な勢いがある。
多くのホラー映画は、静かなオープニングでじわじわと怪異が起こり始めて、引っ張って引っ張って、満を持してモンスターの登場、犠牲者。
そしてまたモンスターは闇に隠れてじわじわと引っ張って。.......のような演出効果を計算して、狙って作っているように思うが、この作品にはそんなものがまったく見えない。
若者が訪れた怪しい洋館。
「誰かいますか」
と玄関から見える奥の部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、レザーフェイスが「ぬっ」と現れて、ハンマーで頭を殴り殺されてしまう。
ステンレスで出来たような扉を「ドーン」と閉じて、奥の食肉加工部屋へご招待である。
恐怖を受け入れる準備をするシーンもなく、突然のモンスターの登場と第一の犠牲者に、あっけに取られてしまう。へんな計算が何もない。とにかくストレート勝負だ。
真っ白なキャンバスにいきなり下絵もなく、ドン!と油絵の具をこすりつけて、一気に歴史的な傑作を描き出してしまうかのような奇跡を感じる。
同時に、作者に、後日同じようなものをもう一枚描けと言われてもとんと描けない。というような傑作なのである。
(近年「カメラを止めるな!」というゾンビ映画の傑作があったが、そこでみた奇跡に近いような印象を受けた)
すぐれたホラーは、怖すぎて笑ってしまう。
5人の若者が次々と殺され、最後の一人になった女の子が暗闇の中をレザーフェイスに執拗に追いかけられる。めっちゃコワイ。そしてめっちゃオモロイ。
暗闇の中、でっぷりと太った鈍そうなレザーフェイスが、チェーンソーを振り回しながら、どてどてと女の子を追いかける、そのストレートな表現が、恐怖を超えて大笑いを誘い出す。
女の子の水色のシャツと、レザーフェイスの黄色いエプロンの色合いがきれいで「フェルメールの絵画みたいだな」などと馬鹿なことを考えながら、「行け行け!」とどちらにかけているかもわからない声援をかけながら見てしまう自分。
拉致された洋館から逃げ出した女の子を、執拗に追いかけるレザーフェイスファミリー。
通りかかったトラックの運転手も、突然現れたレザーフェイスと血だらけの女の子に動転しながら、戦いに巻き込まれ、一緒にトラックの周りをぐるぐると回りだすのだが、もはやチャップリンやドリフターズのコントのようにすら感じてしまう。笑いが止まらない。
軽トラの荷台にかろうじて乗り込んでレザーフェイスから逃げ切った女の子が、死ぬ寸前の恐怖と、それから逃れた安心が同時にやってきて、大笑いをしてしまうラストは、本当に演技か?と感じてしまうほどにリアルで、監督も、この役者も、二度と同じ作品は作れないし、演技もできないのだろう。と強く感じてしまった。□