東北の湯治場に訪れた5人の男女の学生たち。
男性3人、女性2人の彼らは、ひなびた小さな温泉町の小さな宿に入った。
宿の奥に、かつて使われていた古い湯治場が残っていて、宿泊もできるとのことだったので、女の子2人が使わせてもらうことになった。
本館からの長い渡り廊下を歩くと、小さな宿坊がある。そこが湯治場らしい。
扉を開けると、木造の古い廊下がまっすぐのび、左に5つほどの部屋の扉が見える。
一番奥の部屋の前に1組のスリッパが並べて置いてあった。
どうやら奥の部屋に一人先客がいるのだろう。
女の子2人はそれぞれ手前の別々の部屋に入った。
廊下を挟んで、部屋の反対側に、共同の洗面所と、露天温泉につながる扉がある。
早速女の子の一人が温泉に入ってみることにした。
扉を開けると脱衣所になっている。
既に先客がいて、一人の女性が湯舟に入っている。
風呂に入ると、女性に声をかけてみた。
いいところですね、と他愛もない会話をしていたが、女性は、か細い声で、それだけでもない、という話を始めた。
かつて長い間、病を患いここで療養していた女性が、自殺をした事件もあった、と語った。
女性を残し、温泉を出ると、廊下にある共同洗面所で友人が歯を磨いていた。
「お風呂は?」と聞いてみると、彼女は「さっき入ったよ」と答えた。
「風呂場には来なかったな」と、不思議に思いながらも、何かの思い違いだろうと聞き流した。
部屋に戻り、布団を敷く。
押し入れの奥に何かある。
見ると、古い小さな鏡台だった。
3面鏡になっている鏡を開いてみると、自分の顔がちらりと映ったのが見えたが、すぐにおかしいと気づく。
改めて見ると、鏡が入っていなかったのである。今映ったような気がしたのは誰?
少し気持ちが悪くなり、 鏡台を閉じ、部屋の隅に置いて眠ることにした。
夜中に、うなされる。
誰かが布団の周りをぐるぐると歩き回っている気配を感じた。
やがて自分の横に誰かが横たわってくるのを感じた。
そして肩に誰かが手をかけて、体を向けさせようとしている。
長い金縛りが続いたが、必死でその力に抵抗をしているうちに、いつの間にか眠りについて、そのまま朝を迎えた。
部屋を出ると、廊下の奥の部屋にあったスリッパがなくなっている。
すでにチェックアウトをしたのだろうか、と奥のその部屋の扉をあけてみると、床板が抜けていて廃部屋になっていた。
とても人が泊まれるような部屋ではなかった。
さらに、昨日入った廊下の反対の温泉の扉を開けてみると、湯が抜かれていて蜘蛛の巣が張っていた。
温泉は別の場所にあったのだ。彼女が入った温泉で会った女性は誰だったのか。
宿の人に尋ねると、今なお、温泉を訪れた自殺者は多いようだ。
長い時間、多くの客を招き入れた湯治場には、不思議な出来事が多いようだ。□