語る、フランス料理。

 

近所のフランス料理店に出かけた。

 

ネットの口コミでは「爆笑漫談フレンチ」とある。

マスターがかなり「お笑い系」という店のようだ。

 

どんな店だ。という思いで店に入ると、カウンターの8席のみの小さな店である。

マスターが一人で切り盛りしていて、カウンターから厨房で料理をする様子が全て見える。

思えば、調理する姿を見せるフレンチの店を僕はあまり知らない。というか、全く知らない。

ラーメン屋ならば、むしろそれがふつうだけど、フランス料理は調理の姿はブラックボックスにすることが価値であったというイメージが一般的だった。

 

印象に残ったのは、確かに前情報の通り、マスターの「語り」だった。

「爆笑漫談」というのとはちょっと違う。

マスターは、頭に思いついたことを客に投げかけ、雑談しながら料理をする。というスタイルなのだった。

ただ、そのタイミングが絶妙で、客同士が会話を楽しみながら食事をすることの邪魔にならないくらいの隙間に、すっと話題を出して、コミュニケーションを入れてくるのだ。

一人で切り盛りしているから、おのずと給仕はとても遅いのだが、そのコミュニケーションが楽しく、待っていることを忘れさせる効果にもなっている。

 

いわば「語り」も料理の一部に入っているという感じなのである。

失礼ながら、フランス料理だけで静かに食べていたら、他の店には押されていたかもしれない。だが、料理とマスターの会話を共に楽しむというスタイルは無二であり、それこそが高い価値になっていたと思う。

 

聞くと店はもう39年目になるという。

長い時間をかけてこの空間や距離感というスタイルを作ってきたのだろう。

料理そのものだけで戦うのではなく、マスター個人のさりげないトークという資質も盛り込みながら、自然と同業他店との差別化ができているのが見事だった。

しかもそれで本人も、ふだんの話し相手にも困らないのだから、Win-Winなのである。

 

これはねらってできるものではない。

才能を生かす仕事というのはこういうことを言うのではないか、と感じ入った。□