理髪店にて

 

床屋へ行く。

 

前回の散髪から3カ月くらい経過していて、いわゆるひとつの「田村正和」状態になっていた。
田村正和ならば長髪もかっこよいが、対してこちらは、ただのむさくるしいおっさんである。

 

自分の前に1人、20歳くらいの若いお兄ちゃんが順番を待っていた。

その日は、店長一人と洗髪専門のおばちゃんの二人で店を回していたから、お兄ちゃんの散髪が終わってから自分の番となり、これは待つなと思っていたが、そのお兄ちゃんは、バリカンでがっつり短く刈ってほしい。と言う要望のようで、店長ではなくおばちゃんが対応することになって、空いた手の店長がすぐに自分を散髪してくれることになった。

 

おっちゃんが若い女子を好きなのと同じように、おばちゃんも、若いお兄ちゃんが好きなのだろう、あれやこれやと質問をしながら、ばりばりと髪を刈りはじめた。
聞くともなく話が耳に入ってくる。

 

「今仕事何してんの」

 

「仕事辞めたんですよ。」

 

「えっ、どうして?」

 

自衛隊だったんですけどー」

 

「いいじゃない。勿体ない。なんでやめたん?」

 

「なんだか先が見えちゃって..........。
 この仕事続けて、家族作って。これで一生終わりか、と思ったら耐えられなくなって。仕事も面白くなかったし.........。」

「あなた、それがしあわせというものよ。でも、わからないのねえ」

 

なんだか哲学的な教訓でも出てきたようだ。
思わず吹き出しそうになるがぐっとこらえ目を閉じる。

 

「ホストなんてどう?」

 

「それ、いいですね。やってみたいです」

 

おばちゃん、無責任にもとんでもない提案をするものだ。

 

「だけどホストなんて今だけだからねえ。未来はないからねえ」

 

すぐに自分に突っ込みを入れ、話を戻す。

 

「資格を取ったらいいかもしれないわよ」

 

「いいですねえ。理髪師とかよさそうっすねえ」

 

ちょっと前には、自分がこんな心配をされていたように思うのだが。

いまなお、もやもや。と呼ばれながらも、さすがにこの純度の高いモラトリアム状態には戻れない。

あまり偉そうなことは言えたものではないけど、一つ言えるならば、「とっとと1つの目標や生きがいに絞り込むのが吉」である。

遅くなるほど、ぶれるほど、人生が浪費されていく。

大志をいだくのは若ければ若いほどいい。

がんばってほしい。

そんなことを想っているうちに、3か月の爆発した頭髪がすっかりきれいに整えられていた。□