制作日記(二人展まであと27日)

 

できた。と思った。

 

誰かにみせる前に、できたと思った。
誰にもみせなくてもいいとも思った。

それを「誇り」と呼ぶ。

キトラ古墳の内壁を作った人もたぶん同じことを感じたろうと思う。

誰かがみることがない世界での、自分だけに向けられた作品の完成。

20年かけてこれ1枚という完成。
消費者のための量産ができるものではない。

誰かにみせることを前提に作品を作ることはやめたい。
完成した瞬間、自分にとってただ誇りだと確信できるものにしたい。
誰かの目は全てその達成の後からついてくる有難いもの。
最初から目指すものではない。そこは100%切り離したい。
それが作り手として最も美しい姿だと思う。

誇りのために作る。という目的が、いつのまにか、
評価のために作る。称賛を貰うために作る。になりはてて、
誰かの目にこびた作品にねじまがっていく。

無意識に妄信的に誰かの目を気にして、へたをしたら死ぬまで他人の目のために作り続ける。そんなことは実は多いのではないか。自分はそのスパイラルから離脱する。□