★極み人

 

その日、その床屋にはいつもの理髪師がいなかった。

 

代わりに居たのは見たところ70~80歳にもなるかと思う理髪師だった。

真っ白な髪。背筋は曲がり、どことなくよぼよぼと歩いている印象だ。

「大丈夫か...?」

頼りなげに歩くその姿を見て、正直失礼ながらやや心配をしていた。

 

だが、席に座り、散髪が始まると、すぐに謝罪したい気持ちになった。

 

「デッサンが完成されている」

(自分は理髪師の手際も、美術の基礎と同様「デッサン」と呼んでいる)

 

目を閉じ、じっとその手際を感じとる。

その見た目からは想像もできない、鋭いスピード感と的確なカット術。

まるで土方歳三にカットしてもらっているかのようだ(カットしてもらったことはないが)。

 

少子高齢化が進むこの時代では、理髪師にも引退はないのだろう。

スキルがあり、モチベーションが高い人材は、年齢に関係なく前線を行く。

 

レジェンドという言葉がある。

一般的にその年齢でイメージされる仕事を超越し成果を出し続けている者。というような意味で使われているが、自分はこの言葉はあまり好きではない。

そもそもは「伝説」であり、そういう存在がいた時代も幽かになった今になっても、未だ強い光を放ち続けるその偉業をたたえてそう呼ぶものだと思っている。

今生きて、年齢の壁を越えて挑戦している存在をそう呼ぶのは、いささか失礼ではないか。

言葉そのものも、軽い。ご近所でちょっと将棋が強い年配の方にも「レジェンド!」と呼ぶように。ホンモノ以外にも使われることが増え、レジェンドが増えすぎてしまった。(同じく「画伯」も増えすぎた。大嫌いな言葉だ)

対して、小説を書いていますという友人を「文豪」と呼ぶことはない。

「文豪」は、今なおはっきりと本物と偽物を分ける言葉としてまだ生き続けている。

 

では、この理髪師を何と呼んだらよいだろう。

「レジェンド」に代わる新しい言葉が必要だ。

新しい言葉を生み出すほど語学堪能ではないが、僭越ながら、

自分は、いったん「極み人」(きわみびと)と彼を呼んでみることにする。□